• 日比紀文 先生のIBDコラム

日比 紀文

学術顧問

■1973年 慶應義塾大学医学部卒業
・慶應義塾大学医学部 名誉教授
・北里大学北里研究所病院
    炎症性腸疾患先進治療センター 特別顧問
・日本消化器病学会名誉会員・専門医・指導医
・日本消化器内視鏡学会名誉会員・専門医・指導医
・日本内科学会功労会員・認定内科医
・日本大腸検査学会常任理事
・日本炎症性腸疾患研究会(JSIBD)名誉理事長
・日本消化器免疫学会名誉理事長
・一般社団法人アジア炎症性腸疾患機構(AOCC)代表理事
・American Gastroenterological Association (FAGA)
・American College of Gastroenterology (FACG)
・Inflammatory Intestinal Diseases
    (Editor-in-Chief , Official Journal of JSIBD)
・Intestinal Research
     (Editor-in-Chief, Official Journal of AOCC)

令和6年10月25日
新薬の開発によりほとんどのIBD患者さんで健康な日常生活が可能に

前回はIBDの基本薬の5ASA剤やステロイドについてお話しさせていただきましたが、今回は次々と出る新薬とその使い方について述べさせていただきます。以前にこのホームページで当院の若手が中心となり、新薬について詳細でわかりやすい説明を順番に掲載させていただいていますので、各新薬の詳細な解説はそちらも見てください。大切なのは1種の新薬が全ての患者さんに有効とは言えず、各患者さんに合った最適な新薬を長期に渡り提供することになります。しかし、残念ながら、新薬の1つ1つについて、どのような患者さんに有効か、逆にどのような患者さんに無効かを決めるための、臨床的な経験や根拠が十分得られていないのが現状です。発売前の効果や副作用については、1年ぐらいの短期のものは、発売の許可を得るまでの臨床治験の成績よりある程度わかっていますが、長期に使用した場合に起こる問題点は不明なところもあります。

<新薬はどのようなしくみで有効かについて>

従来からの薬剤と違って、新薬ではどのように炎症を抑えるのか、その目指す作用機序(しくみ)は何なのかがわかってきています。IBDでは、本来は体を守るために働いている免疫反応が異常となって炎症を起こしてくると考えられています。この免疫異常反応のワンポイントを抑える「抗TNFα抗体薬(レミケード)」が2001年に臨床応用され劇的な効果を発揮し、関節リューマチやIBDの治療に革命を起こしました。その後も次々と作用機序も異なる新薬が開発されており、その有効性から臨床応用され、多くの患者さんが普通の生活を送れるようになりました。

ではどの治療薬があなたに適しているかを判断するのはどうすれば良いのでしょうか?前述しましたようにその選択基準はわかっていません。ある薬が効かない場合に次に選ぶのは何かの基準もありません。通常は、違う作用機序のものを選ぶことが多いのですが、新薬を作用機序で分けると1)「腸で炎症を起こす(火事を生じる)物質サイトカインを標的とした生物製剤(抗体薬)」。抗TNFα抗体薬が代表ですが、他にはTNFαとは違う炎症物質L12やIL23を標的とした抗L12/IL23抗体薬(ステラーラ)や、炎症の中心であるIL23だけに絞ってこれを標的とした抗IL23抗体薬(オンボー、スキリージ)などがあります。抗体薬とは標的となる物質に対してそれを抑える抗体からなる薬で、その原理を発明されたのは、北里研究所を設立された北里柴三郎先生です。2)「炎症を起こす炎症細胞や免疫細胞が腸の血管の内皮細胞に結合して腸に集まってくるために、その細胞表面に発現したインテグリンを抑えるインテグリン阻害薬」。免疫細胞に発現したインテグリンα4β7が、腸の血管内皮に発現したMadCAM-1と結合して、免疫細胞がどんどん腸に流入して炎症を持続させる機序を抑制するために、抗α4β7抗体薬(ベドリズマブ)やカログラ錠などがあります。ベドリズマブは同様に抗体薬ですが、カログラ錠は日本で開発された世界初の低分子α4インテグリン阻害薬で、経口薬です。3)「細胞内での炎症物質産生機序である伝達経路を抑えて炎症を抑制する経口薬」。次に、近年注目されている低分子経口薬で、JAK阻害剤です。JAK阻害剤で、関節リューマチにもよく使用される薬です。ゼルヤンツ、リンボック、ジセレカなどがありますが、日本人では帯状疱疹の合併が多く、慎重に使われています。

その他、新たな機序の新薬が現在も開発されており、市販されるのが待たれます。近い将来、ほとんどの患者さんで炎症は抑えられ、通常の毎日が送れるようになると思っています。しかし病気の原因が不明であり、根本治療ではないため、炎症が燃え盛るときにこれを抑える寛解導入と、炎症が収まったらその後炎症が再び起こす(再燃)を防ぐようにする治療として寛解維持が必要となるため、薬の全てを中止するのが難しいことが問題です。

<患者さんとの十分な相談によってその患者さんに合った最適な治療を続けていく>

現在の新薬については数年から数十年という長期に渡る効果や副作用について不明なところも多く、患者さんのご協力もえて適切な治療薬を選んでいくことが大切です。適切な治療薬については、患者さんと医師/看護師/薬剤師とが十分に相談して決めていくことが必要となってきました。

確かに、適切な治療を行えば患者さんは充実した生活が送れるようになりました。しかし、前にもお話ししたように、現状の治療法は残念ながら、あくまでも炎症を抑える対症療法であって根本的な治療法ではありません。従って一旦投与して有効であれば、寛解維持に長期の投与が始まります。いつまでも終わりがないようで不安を感じられるかもしれませんが、大船中央病院の看護師/薬剤師/栄養士は治療について治療薬について経験も深く知識も十分ですので、なんでも相談いただき安心して使用していただくことが可能です。

令和6年8月20日
IBD治療薬の適切な使い方(1)

1)基本薬5ASA剤についての誤解を招く情報

5ASA剤の開発は古く、1940年ごろ欧米で関節リュウマチの治療薬としてサラゾピリンが発売されました。含まれている5ASAが有効成分とわかり、有効性を高め副作用を軽減するため種々の改良がなされ、日本ではペンタサ、アサコール、リアルダが使われています。大腸や小腸に起きた慢性の炎症を直接抑制する作用があり、潰瘍性大腸炎でよく使われますが、一部の5ASA剤はクローン病にも使います。免疫を抑制することもなく、長期に使用しても安全であり、副作用も少ないため、中止しないで毎日続けていくことが重要です。炎症が抑えられ寛解導入できたIBD患者さんに、再度炎症が起きること(再燃)のないようにし、炎症のない状態を維持する(寛解維持)のに基本の治療薬です。しかし最近、IBDの大切な基本薬である5ASA剤について困った中止や使用が増えているように感じています。

問題(1)5ASA不耐だから一生5ASA剤は使えない?

5ASA 剤の副作用として、急激な下痢の悪化や発熱・腹痛など潰瘍性大腸炎が悪化した時と同じような症状をもたらすことがあり、一部の専門家があまりにも大袈裟に強調するため、一般の医師の多くが「5ASA不耐だから一生5ASA剤は使えない」と判断してしまうことです。5ASA不耐は病歴の聴取や適切な検査により慎重に判断されるべきであって、安易に中止すべきではありません。

問題(2)5ASA剤を始めたら一生使わなくてはいけない?

単なる急性感染性腸炎や虚血性腸炎など、原因のはっきりした腸炎が潰瘍性大腸炎と誤診され、5ASA剤が開始され、その後使い続けられてしまうことです。これらの疾患は自然に良くなりますので5ASA剤が効いたと判断されてしまい、再燃防止のためその後無駄に使い続けてしまうことです。

2)基本薬ステロイドについての誤解を招く情報

ステロイドは古くから、原因不明で慢性炎症をきたす種々の病気に使われてきました。潰瘍性大腸炎とクローン病では、炎症のある活動期に炎症を抑える(寛解導入)ために適用され、寛解導入薬としては70〜80%の患者さんで有効な効果の高い薬剤です。しかし、副作用としてムーンフェース、ニキビ、脱毛など容貌の変化が起こりやすく、長期使用により骨粗鬆症や糖尿病の悪化などをもたらし、患者さんの身近の方での副作用を見てきたことが多いこともあって、「ステロイドは絶対使いたくない」という方が増えています。最近の新薬と比較して、やはり「ステロイドは怖い薬だから一生使いたくない」と考える方が多いようです。

次回は、IBDの新薬についてその長所や短所についてお伝えしようと思います。

令和6年7月25日
湘南地域のIBD患者さんに普通の日常生活を

大船中央病院でIBD診療での顧問として働かせていただくようになり、今回から湘南地域のIBD患者さんとIBD医療従事者を対象に、本ホームページを使ってメッセージを伝えていくことにしました。50年に渡りIBDに従事してきた経験と知識をもとに月に1−2回の割で書かせてもらうつもりです。

<IBD治療でのパラダイムシフトと次々と出る新薬>

潰瘍性大腸炎とクローン病に代表される炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease : IBD)は、「慢性に続く難病で、一生闘病し続けなくてはいけない」と誤解されています。原因不明で根本治療がなく、生命予後は比較的良好ですが、患者さんは長期にわたって病気と付き合うこととなり、日常生活も普通に送れないと考えられていました。確かに21世紀前は治療薬も少なく、難病と考えられてきました。しかし、21世紀に入り免疫反応の異常を抑える「抗TNFα抗体薬」が臨床応用され、その画期的な治療効果と長期使用の安全性が確認されました。その後次々と作用機序も異なる新薬が開発され、その有効性から多くの患者さんが普通の生活を送れるようになりました。

5IBDでは腸に慢性の炎症を生じますが、この炎症をうまく抑えれば、副作用も少なく無症状の状態が保てるようになりました。そのためには、患者さんだけでなくその家族を含めた周りの方々にも疾患について正しく理解してもらうことが必要です。単に疾患のコントロールだけでなく、看護師さんや薬剤師さんなど医療者と患者さんが、外来や病棟での診療だけでなく心でも繋がれば、患者さんが普通でかつ心配のない生活が送れる疾患と考えてます。

適切な治療を行えば患者さんは充実した生活が送れるようになりました。しかし、現在の治療法は残念ながら、あくまでも炎症を抑える対症療法であって根本的な治療法ではありません。根本治療がなく完治ということがないため、病院など医療機関との付き合いは続き長期の管理が求められます。患者さん個人個人に合ったきめ細やかな適切な医療が求められますが、それが行われれば普通の日常生活が可能となりました。看護師/薬剤師/栄養士など医療機関の人々を含めて、患者さんの家族やその周囲の人々とのチーム医療が大切と考えています。大船中央病院でそのような環境を作っていくよう努力しようと思っています。

次回は、IBDの治療薬についてその長所や短所についてお伝えしようと思います。

治療/診察