• 日比紀文 先生のIBDコラム

日比 紀文

学術顧問

■1973年 慶應義塾大学医学部卒業
・慶應義塾大学医学部 名誉教授
・北里大学北里研究所病院
    炎症性腸疾患先進治療センター 特別顧問
・日本消化器病学会名誉会員・専門医・指導医
・日本消化器内視鏡学会名誉会員・専門医・指導医
・日本内科学会功労会員・認定内科医
・日本大腸検査学会常任理事
・日本炎症性腸疾患研究会(JSIBD)名誉理事長
・日本消化器免疫学会名誉理事長
・一般社団法人アジア炎症性腸疾患機構(AOCC)代表理事
・American Gastroenterological Association (FAGA)
・American College of Gastroenterology (FACG)
・Inflammatory Intestinal Diseases
    (Editor-in-Chief , Official Journal of JSIBD)
・Intestinal Research
     (Editor-in-Chief, Official Journal of AOCC)

令和6年8月20日
IBD治療薬の適切な使い方(1)

1)基本薬5ASA剤についての誤解を招く情報

5ASA剤の開発は古く、1940年ごろ欧米で関節リュウマチの治療薬としてサラゾピリンが発売されました。含まれている5ASAが有効成分とわかり、有効性を高め副作用を軽減するため種々の改良がなされ、日本ではペンタサ、アサコール、リアルダが使われています。大腸や小腸に起きた慢性の炎症を直接抑制する作用があり、潰瘍性大腸炎でよく使われますが、一部の5ASA剤はクローン病にも使います。免疫を抑制することもなく、長期に使用しても安全であり、副作用も少ないため、中止しないで毎日続けていくことが重要です。炎症が抑えられ寛解導入できたIBD患者さんに、再度炎症が起きること(再燃)のないようにし、炎症のない状態を維持する(寛解維持)のに基本の治療薬です。しかし最近、IBDの大切な基本薬である5ASA剤について困った中止や使用が増えているように感じています。

問題(1)5ASA不耐だから一生5ASA剤は使えない?

5ASA 剤の副作用として、急激な下痢の悪化や発熱・腹痛など潰瘍性大腸炎が悪化した時と同じような症状をもたらすことがあり、一部の専門家があまりにも大袈裟に強調するため、一般の医師の多くが「5ASA不耐だから一生5ASA剤は使えない」と判断してしまうことです。5ASA不耐は病歴の聴取や適切な検査により慎重に判断されるべきであって、安易に中止すべきではありません。

問題(2)5ASA剤を始めたら一生使わなくてはいけない?

単なる急性感染性腸炎や虚血性腸炎など、原因のはっきりした腸炎が潰瘍性大腸炎と誤診され、5ASA剤が開始され、その後使い続けられてしまうことです。これらの疾患は自然に良くなりますので5ASA剤が効いたと判断されてしまい、再燃防止のためその後無駄に使い続けてしまうことです。

2)基本薬ステロイドについての誤解を招く情報

ステロイドは古くから、原因不明で慢性炎症をきたす種々の病気に使われてきました。潰瘍性大腸炎とクローン病では、炎症のある活動期に炎症を抑える(寛解導入)ために適用され、寛解導入薬としては70〜80%の患者さんで有効な効果の高い薬剤です。しかし、副作用としてムーンフェース、ニキビ、脱毛など容貌の変化が起こりやすく、長期使用により骨粗鬆症や糖尿病の悪化などをもたらし、患者さんの身近の方での副作用を見てきたことが多いこともあって、「ステロイドは絶対使いたくない」という方が増えています。最近の新薬と比較して、やはり「ステロイドは怖い薬だから一生使いたくない」と考える方が多いようです。

次回は、IBDの新薬についてその長所や短所についてお伝えしようと思います。

令和6年7月25日
湘南地域のIBD患者さんに普通の日常生活を

大船中央病院でIBD診療での顧問として働かせていただくようになり、今回から湘南地域のIBD患者さんとIBD医療従事者を対象に、本ホームページを使ってメッセージを伝えていくことにしました。50年に渡りIBDに従事してきた経験と知識をもとに月に1−2回の割で書かせてもらうつもりです。

<IBD治療でのパラダイムシフトと次々と出る新薬>

潰瘍性大腸炎とクローン病に代表される炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease : IBD)は、「慢性に続く難病で、一生闘病し続けなくてはいけない」と誤解されています。原因不明で根本治療がなく、生命予後は比較的良好ですが、患者さんは長期にわたって病気と付き合うこととなり、日常生活も普通に送れないと考えられていました。確かに21世紀前は治療薬も少なく、難病と考えられてきました。しかし、21世紀に入り免疫反応の異常を抑える「抗TNFα抗体薬」が臨床応用され、その画期的な治療効果と長期使用の安全性が確認されました。その後次々と作用機序も異なる新薬が開発され、その有効性から多くの患者さんが普通の生活を送れるようになりました。

5IBDでは腸に慢性の炎症を生じますが、この炎症をうまく抑えれば、副作用も少なく無症状の状態が保てるようになりました。そのためには、患者さんだけでなくその家族を含めた周りの方々にも疾患について正しく理解してもらうことが必要です。単に疾患のコントロールだけでなく、看護師さんや薬剤師さんなど医療者と患者さんが、外来や病棟での診療だけでなく心でも繋がれば、患者さんが普通でかつ心配のない生活が送れる疾患と考えてます。

適切な治療を行えば患者さんは充実した生活が送れるようになりました。しかし、現在の治療法は残念ながら、あくまでも炎症を抑える対症療法であって根本的な治療法ではありません。根本治療がなく完治ということがないため、病院など医療機関との付き合いは続き長期の管理が求められます。患者さん個人個人に合ったきめ細やかな適切な医療が求められますが、それが行われれば普通の日常生活が可能となりました。看護師/薬剤師/栄養士など医療機関の人々を含めて、患者さんの家族やその周囲の人々とのチーム医療が大切と考えています。大船中央病院でそのような環境を作っていくよう努力しようと思っています。

次回は、IBDの治療薬についてその長所や短所についてお伝えしようと思います。

治療/診察