前立腺がんは、初期にはほとんど症状がありません。前立腺内の病巣が大きくなると、尿が出にくい、回数が多い、血尿などの症状が現れます。また、がんがリンパ節や骨に転移し、その部位で大きくなった場合には、リンパ節では下肢のむくみ、骨では痛み、下半身まひなどを起こすことがあります。

前立腺がんが転移のない状態で見つかった方の大半はがんによる症状はありません。尿が出にくい、回数が多いなどの症状がある場合も、前立腺肥大や慢性前立腺炎、過敏性膀胱など他の疾患による症状のことが多いです。リンパ節や骨に転移がある状態で前立腺がんが見つかった方でもがんによる症状を伴っていないことが多いですが、担当医に「がんが進行した場合、どのような症状が起こり得るのでしょうか？」と時折聞いておくと、備えができると思います。

前立腺がんは他のがん腫に比べると進行が遅いことが多いです。そのため、診断された時の悪性度が低い場合や予想される寿命が短い患者さんでは治療をせずに経過観察することもあります。一方で、現在自覚症状がなくても医師としては積極的な治療を強くお勧めする病気の状態もあります。私たち医師は、いつか寿命を迎える日まで前立腺がんによる症状であなたの生活に支障が出ないようにすることを目標に、様々な治療手段をどのタイミングで行うのが最良なのかを、エビデンス（科学的根拠）や自身の経験を基に考えて治療方針を提案しています。

詳しくは3.2　各進行度ごとの治療選択肢をご覧ください。
3.2.1　限局期（超低～超高リスク）における治療選択肢
3.2.2　所属リンパ節転移リスク
3.2.3　遠隔転移リスク
3.2.4　術後再発
3.2.5　放射線 治療後再発

患者さんと医師がコミュニケーションを取りながら治療法を決めること（Shared decision making シェアードデシジョンメイキング, 共同意思決定）が大切と考えています。患者さんからは人生においてご自身が大切にしていることやご自身が置かれている社会環境、医師からは患者さんの状態における治療法のエビデンス（科学的根拠）と自身の経験をお互いに伝え合う中で、患者さんにとって最良の治療方針を共同で決定するプロセスのことを指します。私たち医師も一生懸命考えますので、ご相談ください。

担当医の説明で十分腑に落ちない部分があれば、専門領域の異なる複数の医師に相談することもよいと考えます。時代を経るごとに治療選択肢は多様化の一途を辿っており、医師にとっても自身が普段行っていない治療法にまで精通するのは困難になってきています。どうしても知識が古い可能性はありますし、人間の性質上、医師も自身の行っている治療法を好む傾向を除くことも難しいです。前立腺がんは1日を争って早期に治療を開始しなければならない性質の癌ではありませんので、ご自身のライフスタイルと各治療法の特徴をじっくり照らし合わせて決定しましょう。

ここでご紹介する治療法は、①手術（特にロボット支援手術）、②IMRT/VMAT（強度変調放射線治療）による通常分割照射（平日毎日2か月照射）、③IMRT/VMATによる中程度寡分割照射（平日毎日1~1か月半照射）、④SBRT（体幹部定位放射線治療）、⑤小線源治療単独、⑥外部照射併用小線源治療、⑦粒子線治療（陽子線治療、重粒子線治療）、⑧監視療法です。詳しくは2.3 治療選択肢、3.2.1　限局期（超低～超高リスク）における治療選択肢～3.2.1.1.4　各治療法の特徴をご覧ください。

① 手術（特にロボット支援手術）：10日前後の入院でがん治療とともに排尿障害を解消することができます。治療前の時点で前立腺肥大のために尿が出しにくい、尿の回数が多い方で特にお勧めできます。またホルモン治療を併用することは放射線治療に比べると少ないです。

② IMRT/VMAT（強度変調放射線治療）による通常分割照射（平日毎日2か月照射）：放射線治療の中で世界で最も汎用されている照射法です。放射線治療が手術と同等に良好な治療効果があると評価されるに至ったエビデンス（科学的根拠）はこの治療で築かれてきました。小線源治療に比べると放射線治療による一時的な排尿障害の期間が短いです。

③ IMRT/VMATによる中程度寡分割照射（平日毎日1~1か月半照射）：通常分割照射に比べてやや通院期間を短縮することができます。2000年頃から臨床応用が開始され、治療効果・安全性ともに通常分割照射と変わらないことが、第3相試験（科学的に厳密な手法の臨床試験）で繰り返し実証されています。小線源治療に比べると放射線治療による一時的な排尿障害の期間が短いです。

④ SBRT（体幹部定位放射線治療）：治療回数が4-5回と極めて少なく、通院の負担が軽いです。低～中リスクにおいては長期的な成績が他治療と遜色ないことが複数の前向き試験を合算した大規模解析で報告されています。安全性も通常分割照射とほぼ変わらないことが2つの第3相試験で立証されています。小線源治療に比べると放射線治療による一時的な排尿障害の期間が短いです。

⑤ 小線源治療単独：②IMRT/VMATによる通常分割照射よりも歴史が長い治療です。3泊4日の入院で治療が完遂します。

⑥ 外部照射併用小線源治療：②IMRT/VMATによる通常分割照射よりも歴史が長い治療です。通常分割照射と比べて、生存率や非転移生存率に変わりはないものの、追加治療が必要になる可能性が低いことが１つの第3相試験（ASCENDE-RT）で示されています。

⑦ 粒子線治療（陽子線治療、重粒子線治療）：粒子線という特殊な放射線を用いた治療です。IMRT/VMATとの第3相試験（科学的に厳密な手法の臨床試験）はないものの、IMRT/VMATと同等の治療効果と安全性の治療とみなされています。

⑧ 監視療法：ごく初期のがんに適応になる治療方針で、定期的にがんの状態をチェックし、進行していない限りは積極的な治療をあとに取っておきます。監視期間中は治療に伴う合併症の可能性を避けることができます。

同じ部位への強い治療強度の放射線治療は基本的には1回しかできないため、以前は前立腺内に再発した場合にはホルモン治療しかできませんでした。また放射線治療の治療強度自体もそれほど強くなかったため、前立腺内再発への再照射や手術ができないことが、治療後10年以上の経過では問題になる患者さんもいらっしゃいました。
近年は必ずしも以前と同じ状況ではないと考えています。IMRT/VMATによって前立腺に与える放射線の治療強度を安全に高めることができるようになりましたし、当院で行っているSIB (Simultaneous Integrated Boost:標的体積内同時ブースト)またはfocal boostと呼ばれる、がん病巣にはさらに強い放射線量を照射する技術を用いると、前立腺内再発の割合は3%に低下したとFLAME試験という第3相試験で示されました。小線源治療でも、治療後に前立腺生検を再び行い、高線量を投与している患者さんではがんの残存率が3%だったと報告されています。一方で、ロボット支援下手術での断端陽性率（摘出部の断端にがんが及んでおり、取り残しが示唆される確率）は16%とメタアナライシス（Eur Urol Focus 2022; 8: 1060）で報告されています。これらの数字は測定尺度が異なるため優劣をつけるものではありませんが、放射線治療の技術が未熟だったひと昔前と比べると放射線治療後の前立腺内再発の影響は少なくなっていると言えると思います。

さらに、前立腺内再発をした場合もエキスパートの泌尿器科医はロボット支援下手術を行うこともありますし、小線源治療のエキスパートは小線源治療や凍結療法を行うようになりました。前立腺内再発に対する各治療をメタアナライシスという解析方法で比較した研究では、小線源治療は手術と治療効果と同等で、合併症が少なかったと報告されており、当院でも前立腺内再発に対しては小線源治療を行っています。詳しくは、3.2.5　放射線治療後再発をご覧ください。

また、再発部位としては前立腺内再発よりも転移の確率が多いと複数の研究で報告されています。その場合の対処方法は、初期治療が手術でも放射線治療でも変わりはありません。

性機能は大きく勃起機能と射精機能に分かれます。

勃起機能は手術よりも放射線治療の方が保ちやすいです。術後に勃起機能が回復する患者さんの割合は、両側の勃起神経を温存した手術で70％、片側温存で30%程度と言われています。回復するとすれば術後1-2年が目安ですが、治療前の勃起機能や糖尿病などの持病があるかどうかなどに大きく左右されます。また勃起神経を温存できるかはがんの位置や広がりによっても違いますし、術者の技術によっても差が出るようですので、担当医にお尋ねください。

放射線治療後の勃起機能に関して、ProtecT研究という監視療法（がんの進行がない限りは無治療経過観察をする治療方針）・放射線治療・手術後の治療後経過を長期的に追った臨床試験では、治療後6か月の時点で放射線治療は手術ほどではないものの勃起機能は監視療法の半分程度に低下していましたが、1年後には監視療法の8割程度に回復し、以降、論文で掲載されている7年後まで監視療法の9割程度で推移していました。当然加齢により監視療法でも勃起機能は減退していきますが、その減退のペースに監視療法と放射線治療に差はありませんでした。

射精障害に関しては、手術でも放射線治療でも治療後は量が減少またはほとんどでなくなることが大半です。性交渉はできても射精できない感覚について診察で伺う機会は中々ありませんが、海外の患者向けwebサイト（Prostate Cancer Foundation）では、「性欲が低下している場合や勃起力が低下している場合、治療後にオーガズムやクライマックスが難しくなることがあります。また治療後当初はクライマックス時に多少の不快感があることがあります。これは通常一過性なもので、すぐに解消されます。男性は射精をしなくてもオーガズムの快感を持ち続けるので、オーガズムと射精を区別することが重要です」とあります。

熱い、だるいなどを感じることはありません。放射線には色や匂いもないので、いつ照射したかも患者さんには分かりません。

多くの患者さんは照射期間中に飲酒をされても問題ありませんが、お酒を飲んでから、排尿しようとしてもできなくて（尿閉といいます）、尿道カテーテルという前立腺生検後も挿入されたゴム製のチューブを尿道に一定期間挿入しなくてはならなくなった患者さんを時に経験します。尿閉は小線源治療後やSBRTで時に経験しますが、通常分割照射と中程度寡分割照射では経験することはほとんどありません。そのため、SBRTと小線源治療を受けた患者さんに対しては、治療後1か月は控えていただき、それ以降は排尿状態をみながら飲酒を再開していただいています。

SBRT（体幹部定位放射線治療）と中程度寡分割法の場合、初めて放射線治療センターに来られてから1~2週で通常は治療を開始しています。治療開始までに治療準備のために1~2回通院して頂きます。小線源治療単独と外部照射併用小線源治療では、線源を患者さんごとにその都度海外から輸入するため、1~2か月で治療を開始しています。 また放射線治療の前にホルモン治療を3~6か月先行させる場合があります。詳細は、2.3.2 当院での高精度放射線治療の特徴 をご覧ください。

限局期において放射線治療にホルモン治療を加えると、治療後の生存率が改善し、遠隔転移も抑制されることが複数の研究で示されています。 またがん細胞に放射線治療が効きやすくする効果もあると考えられており、放射線治療後に生検をしたところ、ホルモン治療を併用した患者さんの方ががんの残存率が低かったとの研究もあります（Eur Urol Oncol. 2022 PMID: 35307323）。

エビデンス（科学的根拠）からは、悪性度の高いがん（高リスク寄りの中リスク（＝予後不良中リスク））以上では併用することが推奨されます。17.でお伝えしたように、放射線治療にホルモン治療を加えると、治療後の生存率が改善し、遠隔転移も抑制されることが複数の研究で示されています。ただし、併用の意義と副作用を担当医から十分説明を受け、相談の上で放射線治療だけで治療を行うことも一定の割合であります。

従来はホルモン治療を4-6か月先行してから放射線治療を行うことが一般的でしたが、両治療を同時に開始する方が治療効果が高まると近年複数の研究で報告されており、今後ガイドラインの記載が変わる可能性があります。

2016年版の前立腺がん診療ガイドラインではホルモン治療を4~6か月先行してから放射線治療を行うことが適していると考えられると記載されています。ですが、2021年と2022年にそれぞれ公表された、複数の第三相試験を用いた合算解析では、両治療を同時に開始した方が非転移生存率（治療後に転移なく生存している患者さんの割合）が良好だったと報告されています。また当院で行っているSIB (Simultaneous Integrated Boost:標的体積内同時ブースト)またはfocal boost と呼ばれる、がん病巣にはさらに強い放射線量を照射する技術を用いる病院にとっては、ホルモン治療により前立腺があまり縮小していない内に照射をした方がしっかりと線量増加できるという技術的な利点もあります。一方で前立腺肥大が著明な場合などでは、従来通りホルモン治療を先行させて前立腺を縮小させてから照射をした方が、放射線治療による一時的な排尿障害を軽くできます。今後は患者さんの状態などでホルモン治療の併用タイミングを個別化に検討していくことになるかもしれません。

1回にあてる放射線量は7～8Gyと通常分割照射に比べて3.5~4倍多いです。ですが、他の放射線治療と同じく、熱い、だるいなどを感じることはありません。照射直後に、車の運転やテニス・ジョギング・ゴルフなどの運動も普段と変わらず行うことができます。長期的な合併症についても、通常分割照射と差がないことが２つの第3相試験（HYPO-RT-PC試験、PACE-B試験）で確認されています。海外の診療ガイドラインでは、例えば脳梗塞後等で体が元気とはいえず長期通院が困難な患者さんには、SBRTを推奨しています。

退院当日から仕事を含めた日常生活に復帰することができます。激しい運動や長時間の自転車は退院後2週間ほどは控えてもらっています。なお、治療の影響で尿が出にくくなっている時期に飲酒をした後に尿が出なくなって尿道カテーテルを一定期間留置することが稀にあるため、尿が出にくい時期は飲酒を控えることをお勧めしています。

高リスク寄りの中リスク以上では小線源治療の1か月後に外部照射（平日毎日15~25回）を行うことが、ガイドラインで推奨されています。悪性度の高いがんに対しては小線源治療単独では放射線線量がやや弱く、外部照射を追加することで安全に非常に高い放射線量を投与することができるためです。ただし、中リスクに対する小線源治療単独と外部照射併用小線源治療を比較した第3相試験（ROTG 0232）の中間解析（途中経過での報告）で、両治療で再発率に有意差はなく、合併症は小線源治療単独の方が少なかったと報告されており、最終結果が待たれています。高リスクの患者さんに対して小線源治療単独と他治療を比較した信頼のおける第3相試験は現時点では見当たりません。これらの状況を踏まえて、一部の病院では、高リスク寄りの中リスクの患者さんに対しては、よく相談したうえで小線源治療単独で治療を行うこともあります。

治療効果は基本的にPSA値で判断します。PSA値が順調でしたら画像検査をすることはありません。肺がんや胃がんなどの他のがん腫とは違い、前立腺がんではPSA検査の方が画像検査よりも再発の有無をみる点では数段鋭敏なためです。 上述と同じく、限局性前立腺がんでの治療後のPSAの見方については3.2.1.2　根治治療後再発の基準をご覧ください。

PSAという物質は、前立腺がん細胞だけではなく前立腺の正常細胞からも産生されるます。手術では前立腺全体を摘出するためPSAを産生する物質は体内にないはずなので、術後のPSA値は理論的には0（PSA検査では検出感度以下）になります。そのため、PSA値が0.2ng/mL以上とわずかに上昇した時点で、からだのどこかに前立腺がん細胞がいると考え、再発と判定します。

一方で放射線治療では前立腺の正常細胞も放射線によってダメージは受けるものの前立腺は残ったままです。小線源治療では前立腺の正常細胞からのPSA産生能もほぼ消失するものの、外部照射では前立腺の正常細胞のPSA産生能は完全には年単位で回復することも少なくないと言われています。放射線治療後のPSAはこうした前立腺正常細胞の経時的な回復も考慮する必要があるため、再発基準は「PSA値の治療後最低値＋2.0 ng/mL以上」と相対値で定められています。

放射線治療後にPSA値が一時的に上昇することがあります。その大半は、再発の基準である「PSA値の治療後最低値＋2.0 ng/mL」未満で収まりますが、時にはそれ以上の値に一旦上昇して、その後低下することも経験します。①ホルモン治療を終えた場合、②放射線治療による一時的な反応（PSAバウンス）、③射精や長時間の運転など前立腺の刺激、④感染性前立腺炎（尿道などから雑菌が体内に入り、前立腺に炎症を起こした状態）、がその原因としてよく挙がります。からだのどこかでがん細胞が増えてきた可能性も除外はできないのですが、治療終了からPSA上昇が始まった間隔、日常生活や症状などの問診、放射線治療の治療強度などから原因を予想しつつ、PSA検査を定期的に継続することでPSA上昇が一時的な上昇か再発かを見極めます。

①ホルモン治療を終えた場合：ホルモン治療を終えると男性ホルモンが徐々に回復し、前立腺の正常細胞が賛成するPSAが再び産生されるようになります。経験的にはホルモン治療終了後1~2年でPSA上昇は落ち着き、再び低下に転じることが多い印象を持っています。

②放射線治療による一時的な反応（PSAバウンス）：治療後1～3年くらい経過した時期にそれまで低下していたPSAが一時上昇し、何もしなくても自然に低下していくPSAバウンスという現象が見られることがあります。小線源治療とSBRT後では3分1くらいのケースに見られます。通常分割照射と中程度寡分割照射ではもう少し頻度は少ないとされています。PSA値の治療後最低値＋2.0 ng/mLを越えた維持的なPSA上昇が1~8％に見られたとのSBRTでの報告もあります。この現象が起こる原因はまだよくわかっていませんが、再発ではないため特に治療は要しません。再発と間違って次の治療を開始しないように注意が必要です。

③射精や長時間の運転など前立腺の刺激：射精等の日常生活での前立腺への刺激でもPSA値が一過性に上昇することがあります。そのため、PSA検査前の数日間は射精をしないよう指導している施設もあります。